日々を楽しむ

      2020/05/28

蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)頃となりました。

二十四節気で言う所の 立夏から小満 へと
季節が進んでいた事、今日になって気づきました。

いよいよ緊急事態宣言も解除となるようですが、
折角今までの自分を振り返ることができたのですから、
「新しい生活様式」を受け入れながら、
新たなスタートとして踏み出せて行けたら思います。

ところで、この七十二候「蚕起食桑」
(かいこおきてくわをはむ)のなのですが、
小学生の頃、空き箱で育てたことがあったのを思い出しました。(笑)
皆さんは育てた経験がありますか?

蚕の餌になるのは桑の葉です。
丁度我が家の庭に桑があり、毎日のように友が葉を採りに来ました。
そんな友の影響で育てることになったと記憶しています。

ここで養蚕の歴史を紐解いてみると・・・。
やはりシルクロード、中国は外せません。
中国では紀元前30世紀から(一説には紀元前60世紀とも)
この蚕から絹糸作りが行われていたと言います。
紀元前30世紀(紀元3000年前)ですから気の遠くなる話しですね。

日本での養蚕の歴史は、
紀元1世紀から2世紀の間に始まり、
本格的には大化の改新以降と記されていました。
絹織物が税のひとつとして納めたられたのが平安時代。
後に全国へ養蚕が広がって行ったということです。

そうそう、つい先日テレビ番組で、
白川郷の民家の2階(屋根裏部屋)が映し出され、
そこでも養蚕が盛んに行われていたと教えてもらったばかりでした。

そして、江戸時代の絹織物使用禁制の期間を経て
再び明治時代に盛んになりました。
世界遺産としても有名な富岡製糸場が完成すると
全国各地域へその技術が広まって行ったそうです。

では、ここでクイズです。 
蚕が作る繭玉になる糸の長さはどれくらいだと思いますか?

答えは1km以上。(1.2Kmとも1.5kmとも言われています)
そして、その糸はつながっているのです。('Д')

20世紀の初頭には世界一の絹糸輸出国とまで成長した日本。
日本の経済を支えて来た絹糸輸出が
横浜港の発展につながったのは言うまでもありません。
はまっ子の私にとって、このことだけは子どものころから聞かされていました。

何だか季節の話から長い長い話になってしまいましたね。
このつづきはまた今度、機会があったらということで・・・。(笑)

この度の自粛中に感じ得たこと。
それは、日々を楽しむことの大切さでした。
古の教えを見つめ直し、
四季の移ろいに寄り添いながら過ごしてみる。
緊急事態宣言が解除された後も、
揺るがない自分らしさに気づけたように思います。

本日の宣言解除の発表後、
あなたの暮らしはどのように変わりますか?

 

─────────────────────
横浜のエクステリア/外構工事店
「T.Y.プラスター」です。
横浜市、川崎市、横須賀市、葉山町、逗子市、
鎌倉市、藤沢市など、神奈川県東部で
新築やリフォームの外構工事を承っています。

 

横浜のエクステリア/外構工事店「T.Y.プラスター」ホームページへ

 

 - 日々の事